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カテゴリー「学生生活」の記事

2005/03/24

さようなら法政大学

というわけで卒業式のため日本武道館へ行ってきた。
入学式の時もここで行ったわけだが、
まぁ別に行かなくてもよかったような気もする。
はるか上から下で行われている式を見下ろす形。
周りがうるさいので何を話しているのかさっぱりわからず。
成績優秀者さん達だけが主役って感じかね。
入学式の時は国旗を揚げていないことに激怒した人達が、
シュプレヒコールをあげて面白かったのだが、今回は恙無く進行(ちなみに今回は国旗は揚がってた、国歌はなし)。
某総長が登場した時ブーイングでもおこりゃ面白かったのになぁ。
で、その総長さんの話が長いのと、これ以上いても無意味そうだったので、30分ほどいて帰った。

大学へ戻り学位記を授かる。
最近の学生はドライなのか、ほとんどの人が郵送希望だった様で、我が学科で直接学位記を受け取った人は10数人くらいだった。
さっきの式では脇役だったが、ここでは一応一人一人に学位記が授与される。
教授先生の贈る言葉の話題はやはりホリエモン(^^;。
形ばかりの拍手が起きる中、貰った人から解散。
私の時にはもう3,4人しかいねーし(^^;。
とにかくこれで完全に卒業。
ついに念願の大卒の肩書きを手に入れたわけだ。
学生証も返還。これで晴れてプータローだ。
想い出にふける間もなく大学を後にする。
気持ちはすでに先の事を考えているのだ。
さらば法政・・・もう二度と来ることもあるまい。
さらば我が学生生活。
カテゴリ「学生生活」を使うのもこれが最後か。

2005/03/17

あと1週間

学生でいられるのも・・・あと1週間。
今、この瞬間が愛しい・・・。

2005/03/10

大学生活の想い出その5~4年生編

大学生活の想い出を振り返ってきたが、今回で最終回。
4年生は都合2回経験したわけだが(^^;。
2回に分けて書くほどの想い出はないと言う事で。
4年時は就職活動をするのが普通。
それなのにまったくやらなかった理由とは。
まず最初の年、2003年の時。
正直卒業出来る自信がなかったのだ。
まだ単位はだいぶ残っている。
未履修の講義は難しいものばかり。
実際受けてみての感触も悪い。
前にも書いたがこの頃はすでに法学への興味を失っていた。
1年じゃ卒業は不可能、心の中で常に弱気な私がいたわけだ。
せっかく就職が内定しても留年になったら虚しいだけ。
だから何もしなかった、ものすごくマイナス思考だった。
結局留年して予感は当たったわけだが・・・情けない限りである。
この留年が信頼を失い、東京での一人暮し続行が不可能となってしまう。実家から大学へ通う毎日、これが去年2004年。
去年の記憶はまだ新しい。
様々な困難があった。
田舎へ帰って情報が少なかったこと、
しばらくネットが使えず企業にエントリーすら出来なかったこと、
そして長期にわたり体調を崩した事。
大学をとにかく卒業することだけに専念せざるを得なかった。
こうして無事卒業できたわけだが、私の進路を狂わせた物、
それは自業自得と言う名の後悔である。
単位履修を間違わなければ留年はなかった。
留年がなければ東京一人暮しが続けられた。
一人暮しが続けられればストレスもたまらず体調も崩さなかった。
また、時間もタップリ取れた。
体調を崩さず時間がタップリあったなら・・・・・・・・・。
タラレバの後悔、結局大学生活を振り返ればそこに落ち付く。
人間必ず後悔をするものとは言うが、ほんの少し歯車が狂っただけでその後の人生大きく変わりますよ。
都合6年の大学生活から学んだ結論。

2005/03/09

大学生活の想い出その4~3年生(2回目)編

前年度の留年の悔しさからこの年は頑張ろうと心に決めていたはずだったのだが・・・。
一度ついたサボり癖はなかなか直らないらしい。
前年よりだいぶマシになったとはいえ、
やはりこの年もよくサボった。
まぁ、いろいろ言い訳はあるのだが、
それは所詮言い訳にしかならないわけで。
この年は史上最多、6科目24単位も落とした。
ついに単位履修数の過ちに気づいた私は、とにかくなんでもいいから空いている時間には全て講義を入れざるを得なかった。
興味あるなし、難易度など関係なく。
その結果がこのザマ。
これも一つの言い訳だけど、結局自業自得だからでしょ?
進級だけはなんとか出来たけど。
この頃にはすでに法学部法律学科の学習が苦痛以外の何物でもなかった。
私に合った学部ではなかったと前年あたりから薄々気づいていたが、この年にそれを確信。
こうなると日々は本当につまらない。
大学生活後期は単位に振り回されるだけとなってしまったのだった。

ちなみにこの年は私生活面での記憶の方が濃い。
・初めての身内の死。
・食中毒で衰弱死しかける。
・悪魔から逃れる為に大好きな町からの引越し。
ああ、思い出すよ、世間がワールドカップで騒いでいたこの年。
私はずっとメランコリック鬱モード。
マジでそうとうノイローゼ気味だった。
大学行く気にも全然なれなかったのも無理なかったんだよ。

2005/03/08

大学生活の想い出その3~3年生(1回目)編

大学3年にもなると余裕が出てくるというか、
心に大きなスキが生じるというか。
1,2年とまがりなりにも真面目な大学生活を送ってきた私。
しかしこの年ついにキレたわけで。
自己抑制、摂生の出来ない人間が陥ったストーリー。
この年の大学出席日数は2本の掌の指で数えられるだけ。
つまり1年通して10回も行かなかったのだ。
大学に行かずに何をしていたかといえば、
遊び呆けていただけ。
とんでもない親不孝者だ。
だからこの年の大学生としての想い出はとくにない。
こんな状態だから単位もそれ相応に落としたし。
ただ、一度も受けたことのない講義でA評価を取っちゃったのは笑ったけど。
私ってもしかして真面目にやりさえすればそうとう天才!?ってね。
ただ放蕩の1年を過ごした報いは当然やってきた。
3年から4年へはある程度の単位に達しないと進級できない。
そうでなくとも1,2年時に少ない単位しか取ってこなかった私に進級の望みがあるわけない。
留年ですよ、留年。
自業自得という言葉がこれだけ当てはまるのも珍しい。
留年の判定を受けた時初めて思い知った自分の愚かさ。
情けなさと申し訳なさで泣けてきた私が向かったのは、今はなき堀切の定食屋「けいちゃん」。肩を落とす私とそれを慰める女将、そしてその娘。
酒に逃げたくなる人間の心境ってこんな時の事を言うんだろうなとぼんやり考えていた。
あの日の気持ち・・・これがこの年最大の思い出。

2005/03/07

大学生活の想い出その2~2年生編

大学生活も2年目になったこの年の想い出は勉学。
前年度単位を2科目も落としたショックがきいたからか、
この年ほど真面目に講義を受けた年はなかった。
サボることも少なく、ほぼ毎日通った。
大学生活で受けた講義で一番印象に残っているのもこの年に取った講義達だ。
しかし落とし穴はあって・・・。
前年度あれだけ単位履修数を間違えたというのに、この年もその間違いに気づかずにかなり少ない単位しか登録しなかった。
前年の週休4日ほどではないが、週休3日。
普通大学生ってのは早い学年のうちに単位を取れるだけ取っておいた方が後々絶対楽になる。
そんな常識わかっていたはずなのに。
登録単位が少ないから余裕を持って学べたんだけどね。
この年面白かった講義は日本の文化史と科学史。
もともと日本史が好きだった私だが、
高校で習う受験のためだけのつめ込め式学習なんてクソ食らえ。
ずっとディープな内容を学びたいと思っていた。
文化史、科学史とそれぞれその世界を十分に堪能できた。
とくに文化史は、講師の先生が「どうするアイフル~」の清水章吾氏にソックリだったのが笑えて非常に印象深く想い出として残っている。

ちなみに前期こそ勉学に燃えていた私だったが、
ガス切れした後期は勢いが失せ、この年もしっかりといくつか単位を落としたのであった。
2年間で獲得した単位数は50そこそこ。
単位地獄が牙をむく日はもうすぐそこまで来ていたのだった・・・。

2005/03/06

大学生活の想い出その1~1年生編

いまだに卒業できた嬉しさは薄れず成績表を眺めたりする。
取って来た科目、落としてきた科目、
ああ、この年はこれを勉強してたんだなぁとか、
この講義はどんなんだったっけ(^^;とか、
あれは面白かった、これはつまんなかったとかいろいろ思い出す。
あっという間に過ぎたようでそれなりにいろいろあった大学生活。
ちょっと振り返ってみたい。まずは1年生編。

1年の頃はとりあえず何もかもが手探り。
初めての一人暮しで大きく変わった環境。
それまでに経験のなかった学習、講義スタイル。
まぁ、とりあえず何もかもが新鮮でしたよ。
そんな1年生時最大の想い出は夏休みに行った体育の講義の合宿かな。茨城の石岡に行ったんだけど。
最初は面倒くさいし嫌で嫌で仕方なかったのだが、
いざ行ってみるとこれが結構面白かった。
ルームメイトともすぐ仲良くなれたし、
そりゃ毎日の実習は疲れたし、くそ暑かったけど、時間はあっという間に過ぎ去った。
あの夏の経験はいまだに忘れずに覚えている。
ハイライトは、野球の授業でホームランを打ったこと。
それから女の子とも結構楽しくやってた。
あれが青春時代の集大成だったか?(^^;。
逆に1年生時最大の誤算は科目履修登録を大幅に誤ったこと。
これが留年地獄の幕開けとなってしまうのだった。
今から冷静に考えてみると確かに履修講義は少なすぎたわ。
何しろ週休4日・・・ありえないでしょ(^^;。
しかもそんな少ない単位しか履修してないのに2つ落としたし。
1年で取った単位はわずか20単位にも満たなかった。
そりゃ当然後々苦労するワナ。
あの頃に戻れるなら自分に言いたい、
『登録用紙出す前に冷静に単位数計算しなさい』。
ちなみにこの年もっとも面白かった講義は生物学。
一番苦労したのは民法(当然のごとく落とした)でした。
この頃の口癖は、「いろんな事があるなぁ・・・」。
まさに初々しい大学、東京生活1年生でした。

2005/03/04

モノを言ったのは

改めて今シーズンの成績表を見てみる。
今年もしっかり一つだけ単位を落としている。
それは刑法Ⅱなのだが、これは4年連続。
つまり4年間履修しても、ついぞ刑法Ⅱは取れなかったわけだ。
やはりセンスがなかったんだろうなぁ。
ちなみに履修3年目の教育法は取れました。
そんなことより、去年6つ登録した中5つが単位修得。
これを加えると卒業所要単位をわずか2だけ上回る。
1科目の単位は4。
すなわち、もう一つ落としていたら卒業は出来なかったわけ。
しかも本気で履修した刑法を落として、
保険で履修していた英米法は単位が取れていたわけで、
モノを言ったのは保険で余計にひとつ履っておいたから。
それがなければ卒業再試験でまだ卒業決定とは行かなかった。
あの時機転を利かせて余分に履っておいてよかったよ。
世の中やっぱり保険だね、保険は大事。
それからだいぶ温情が働いた感もある。
正直、英米法、西洋法史学の試験のデキは最悪だった。
あの回答で単位が貰えたのは温情に他ならないだろう。
逆に自信のあった刑法はあっさりD評価だったのだが(^^;。
温情を与えてくれる講師とそうじゃない厳しい講師。
どんな人に当たるかも非常に大事なんだなぁ。
私は運が良かったのかもな。
そんなわけで、これから単位修得が大変な人は、
その辺を重要視していろいろ先輩からとかから情報収集した方がいいですよ、とアドバイスしてみる。

2005/03/03

轟け歓喜の歌よ!

卒業決定…万歳!。
よかった、本当によかった。
この1年本当に苦労したもんな。
出来ない我慢もどれだけしたことか。
ようやく報われる日がきたよ。
自分におめでとうございます。
今夜は久しぶりにぐっすり眠れそうだ。
・・・俺の学生時代は終わったんだな(しみじみ)。
ええい、感傷にひたるのはまだ早い、今は何も考えず祭りだワショーイ。

2005/03/02

Xデー

卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業死体卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい卒業したい…明日は運命の日。

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